「未知のピーク」が「プベルル酸」になったのはなぜ? 大阪市保健所の行政判断に疑問の声

大阪市保健所の「プベルル酸」同定に疑問が投げかけられる

小林製薬の紅麹問題において、大阪市保健所が「プベルル酸」を前提とした行政対応を進めていることに対し、その判断過程に重大な疑問が提起されています。特に、当初「未知のピーク」とされていた成分が、わずか約2週間で「プベルル酸」と同定された点について、科学的な根拠の説明が求められています。

株式会社薫製倶楽部が大阪市保健所から開示を受けた行政文書と、小林製薬が公表した事実検証委員会の調査報告書を分析すると、「未知のピーク」が「プベルル酸」へと変化した約2週間の間に、具体的にどのような科学的検証が行われたのかが不明瞭である点が浮上しています。

化学物質の同定は一筋縄ではいかない

紅麹や青カビのような微生物は、実に多くの代謝物を生み出します。その複雑な混合物の中から特定の物質を突き止め、「これはプベルル酸だ」と化学的に断定する作業は、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)で単一のピークが見つかったという事実とは異なります。一般的には、検体から目的物質を抽出し、分離・精製し、さまざまな機器分析を行い、標準品やスペクトルデータと比較するといった、多段階の科学的検証が必要とされます。

歴史を振り返ると、有名な青カビ由来物質であるペニシリンは、その抗菌作用が発見されてから化学構造が確定するまでに17年を要しました。また、スタチンの原点となったコンパクチンも、探索開始から構造報告まで約5年かかっています。プベルル酸自体も、最初の報告から構造確定まで18年を要したとされています。もちろん、現代の分析機器は当時とは比較にならないほど高性能ですが、それだからこそ、どのような分析手段を用い、何と比較し、どのようなデータに基づいて「プベルル酸」と判断したのかが重要になってきます。

小林製薬の報告書が示すこと

小林製薬が2024年7月23日に公表した事実検証委員会の調査報告書によると、2024年3月15日に製品から「未知のピーク」(ピークX)が検出され、その2日後の3月17日時点でも成分名は特定できていないと社内で共有されていました。しかし、その約2週間後には「プベルル酸」という具体的な化合物名が登場します。

この短期間で「未知のピーク」が「プベルル酸」へとたどり着いた科学的な説明、そしてそれを裏付ける分析記録がどこにあるのかが、大きな疑問点として指摘されています。また、小林製薬側の資料には「紅麹からのプベルル酸の精製方法が確立していない」と記載されており、どのような方法で目的物質を分析し、判断したのか、その詳細が求められています。

大阪市保健所からの開示文書で確認されたこと

株式会社薫製倶楽部が令和8年7月に大阪市保健所から情報公開請求により開示された文書によると、プベルル酸に関する大阪市が保有する文書は5点あり、そのうち4点は小林製薬からの提出資料で、残る1点が大阪市自身の検査成績書でした。

さらに、令和8年7月24日に開示された文書では、令和6年3月27日前後のプベルル酸に関する資料について、「プベルル酸」と判断した者、その判断の根拠、及び厚生労働省との協議・連絡の記録は、いずれも「不存在」と決定されています。このことから、大阪市保健所の開示文書からは、「未知のピーク」が「プベルル酸」と同定された過程を第三者が検証できる分析記録や判断記録は確認できていない状況です。

科学的な根拠の提示が求められる

行政が多くの企業、製品、そして国民生活に影響を与える判断を行う場合、その前提となる科学的事実については厳密な検証が不可欠です。分析科学の専門家が初期段階で、「何を根拠にプベルル酸と同定したのか」「どのような標準品や分析データを用いたのか」といった基本的な確認を行っていれば、行政判断の前にその科学的根拠を検証できたはずです。

株式会社薫製倶楽部は、大阪市保健所に対し、2024年3月15日時点で「未知のピーク」だったものが、約2週間後に「プベルル酸」と扱われるに至った科学的根拠と、その同定を第三者が再検証できる分析データの提示を求めています。科学行政である以上、「プベルル酸だった」という結論だけでなく、その結論に至った過程を裏付ける科学的証拠が求められています。

紅麹関連情報は下記リンクよりご覧いただけます。

主な参考文献

  • ペニシリン:Fleming, A. (1929) Br. J. Exp. Pathol. 10, 226-236/Crowfoot(Hodgkin)らによるX線結晶構造解析(1945年)/Sheehan, J. C.(1957年、全合成)

  • コンパクチン:Endo, A., Kuroda, M., Tsujita, Y. (1976) J. Antibiot. 29, 1346-1348/Brown, A. G. et al. (1976) J. Chem. Soc. Perkin Trans. 1, 1165-1170(結晶構造)

  • プベルル酸:Birkinshaw, J. H. & Raistrick, H. (1932) Biochem. J. 26, 441-453(最初の報告)/Dewar, M. J. S. (1945) Nature(トロポロンの提唱)/Corbett, R. E., Johnson, A. W., Todd, A. R. (1950) J. Chem. Soc. 6-9(構造)

  • 小林製薬株式会社「事実検証委員会の調査報告を踏まえた取締役会の総括について」及び同社事実検証委員会「調査報告書」(いずれも2024年7月)

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